【ココロが軽くなるヨガ哲学】心の平穏を取り戻す方法が知りたいときに読みたい言葉

心が軽くなるヨガ哲学。今回は、日々の生活のなかでいつの間にか蓄積してしまった心の淀みや重荷をスッキリ浄化させて、平和な心を取り戻したい——そう感じたときにぜひ読んでほしい言葉をご紹介します。
心の平穏を取り戻す方法が知りたいときに読みたい言葉
“ヤマ[禁戒]は、非暴力(アヒンサー)、正直(サッティヤ)、不盗(アスティヤ)、
禁欲(ブラフマチャリア)、不貪(アパリグラハ)より成る。”
著書:インテグラル・ヨーガ
発行所:株式会社めるくまーる
著者:スワミ・サッチダーナンダ
ヨガ哲学の解釈

これは、ヨガスートラに記されているヨガの実践方法「ヨガ八支則」における、最初のステップです。
「ヤマ」とは、ヨガを行ううえで“気をつけること”を意味し、全部で5つあります。ヨガスートラでは、一つひとつをどのように実践すればよいのか、実践したらどんな未来が待っているのかが解説されており、これらを実践することでありがたいことが色々と起こると記されています。
今回は、それらを私なりの解釈で、わかりやすくまとめてみました。
※本来ヨガ八支則は、ヨガを実践する人に向けたものですが、ヨガを実践しない人にとっても、満たされた人生を送るうえで役立つ教えだと思いますので、よかったらご覧ください☆
●非暴力(アヒンサー)

“非暴力に徹した者のそばでは、すべての敵対が熄(や)む”
ヨガスートラによると、たとえば激しい罵り合いをしている2人がいたとして、そこに非暴力(アヒンサー)を体現できている人が近づいてきたら、平和な波動や空気感が広がり、2人は戦意を喪失して、自然と争いが止むのだそうです。
このスートラを読んで、「そもそも自分はこれまで人に手を挙げたことなどないから、非暴力はもう実践できている」と感じる人は少なくないかもしれません。
ただ、この非暴力というのは行為だけを指しているのではなく、暴言や攻撃的な態度も含まれます。そしてその対象は、生物、植物、無生物、この世のすべてのものに及びます。
そう考えると、非暴力を完全に実践できている人は、実際にはそう多くないはずです。人が心を持ち、社会生活を営むなかで暴力をゼロにするのは、思いのほか難しいことだと感じます。
●正直(サッティヤ)

“正直(サッティヤ)に徹した者には、行為とその結果がつき従う”
ヨガスートラによると、本当にサッティヤを実践し、それに徹することができたら、言葉にしたことすべてが現実になるのだそうです。
自然は正直を愛するため、正直な人は自ら何も仕掛けなくても、真実が後を追ってくる。その結果を目にすることで、ますます正直になり、実現の精度も上がっていく——そんなスパイラルが生まれるのだといいます。すごいことですよね。これは、いわゆる「引き寄せの法則」の一つといえるかもしれません。
ただし、そこに少しでも偽りが混じっていたら、この法則は成り立ちません。
いつも嘘ばかりついているという人は少ないかもしれませんが、逆に、人生で一度も嘘をついたことがないという人もいないのではないでしょうか。よく紹介される説では、ごまかしなども含めると、人は思いのほか多くの小さな嘘を日常的についているともいわれています(この数字自体は学術的に厳密なものではなく、あくまで一つの目安として捉えてください。)
これは、他人への嘘だけでなく、自分への嘘も含まれます。とはいえ、すべてを正直に言葉に出していたら、社会生活は送れませんよね。
では、正直でいるためにはどうしたらいいのか。その方法は2つあり、一つは沈黙すること、もう一つは「言いたくない」と伝えることだと、ヨガスートラは教えてくれています。
●不盗(アスティヤ)

“不盗(アスティヤ)に徹した者のところには、あらゆる富が集まる”
ヨガスートラによると、もし真の意味で不盗(アスティヤ)を実践し、それに徹することができたら、望まなくても大事なものがその人のもとに自らやってくると同時に、埋もれたままの宝石の在り処もわかるようになるのだそうです。
「物を盗まないなんて簡単なこと」——これまで誰かのものを盗ったことなんてない、そう感じる人が多いかもしれません。しかし、これは決して簡単なことではないのです。
たとえば時間。約束の時間に遅れれば、その人の大事な時間を奪っていることになります。たとえば食べ物。私たちは動物や植物から命を奪って生きています。たとえばネガティブな発言。それを聞かされた目の前の人の平穏を奪っている——これも一つの盗みといえます。
また、ヨガスートラによると、自分が持っているものを解放せず閉じ込めてしまうことも、そのものが本来持つ役割を奪っていることと同じだといいます。たとえば、家で眠っている宝石。身につけないのであれば、誰かに譲ったり寄付したりするほうがよっぽど良く、そうしないことは、その宝石の役割を奪っていることになるそうです。
とはいえ、電車が遅れることもあれば、何も食べないわけにもいきません。では、不盗でいるためにはどうすればよいのか。私たちにできることは、「お返しすること」「解放すること」です。
もし何かを奪ってしまったら、奪ったときよりピカピカにしてお返ししましょう。もし時間を奪ってしまったら、幸福な時間をお返ししましょう。動物や植物の命は、自然環境を守ることでお返ししましょう。そして、あらゆるヒト・モノ・コトが本来持っている役割を尊重し、解放しましょう。
●禁欲(ブラフマチャリア)

“禁欲(ブラフマチャリア)に徹する者は、精力を得る”
ヨガスートラによると、性エネルギーは蓄積されるとプラーナに変わり、生命力となって、その人にさまざまな力を発揮してくれるようになるといいます。
現代において、完全に独身生活を守り、結婚するまで禁欲するというのは、現実的ではないかもしれません。しかし、少なくともそうした行為に溺れないこと、エネルギーを使いすぎないことは可能なはずです。過剰な性行為は、その人の身体・心を枯渇させ、精神衰弱を招くといいます。
逆に、ブラフマチャリアを実践し、本能を自分でコントロールできるようになれば、生命エネルギーであるプラーナが高まり、活力エネルギーであるオージャス、そしてオーラともいえるテージャスとなって、その人をキラキラと輝かせるそうです。
●不貪(アパリグラハ)

“不貪(アパリグラハ)が確立されたとき、自ら誕生の様相と根拠について、全き智慧がもたらされる”
不貪とは、必要以上に欲しがらないこと、何事にも執着しないこと、見返りを期待された贈与を受けないこと、などを意味しています。たとえば、見返りを期待された贈与を受けると、欲望や義務に縛られ、中立性を保つことができなくなります。
逆に、不貪(アパリグラハ)を実践し、徹底することができたら、自分のところに来るものを喜んで受け入れることができるとともに、それが自分から離れるときも心よく送り出すことができるといいます。
それは同時に、究極の自由を手にするということでもあります。無駄なものや関係性に悩むことがなくなり、自分はなぜ生まれたのか、自分の天命は何なのかという、最も大事な気づきに繋がる智慧を得られるようになるそうです。
まとめ
今回は「ヨガ八支則」の中の“ヤマ”をご紹介しました。5つとも簡単なようで、徹底するのが難しい支則です。
ただ、ヨガスートラによると、たとえヤマを守れなかったとしても、諦めずにもう一度始めて続けることが大事なのだそうです。そしてそれを12年守り続けることができたら、必ず心の浄化を得られるといいます。
パタンジャリ(聖者・ヨガスートラの生みの親)を信じて、自分なりにまずは1日、一緒に実践してみませんか?