すべての宗派を受け入れる懐の深い「長野 善光寺」ここで不思議な体験をしました・・・
こんにちは♪
長野旅行日記の続きです。
「遠くとも一度は詣れ善光寺」と言われているにも関わらず、今まで一度も詣ったことがなかったので、今回行ってきました!
お土産屋さんや飲食店が両脇に並ぶ楽しい仲見世通りを進んだ先にあるご本堂は、大きくどっしりとしていて、訪れる人を包みこんでくれるような存在感でした。
ここでちょっととした不思議体験をしました。
長野の善光寺とは?
善光寺は、・特定の宗派に属さない無宗派の寺で、すべての人を受け入れるお寺として知られています。
642年の創建以来約1400年の歴史を持ち、江戸時代から全国的な人気を誇ったパワースポットだったそうで、当初から、一度訪れると極楽浄土が約束されると信じられていたそうです。
御本尊は、中央に阿弥陀如来、両脇に観世音菩薩、勢至菩薩が配置された「一光三尊阿弥陀如来(いっこうさんぞんあみだにょらい)」で、平安時代に、古代の朝鮮半島にあった百済からもたらされた日本最古の仏像です。
本堂にある「お戒壇巡り」で起こった不思議な出来事
この一光三尊阿弥陀如来が置かれている本堂で、「お戒壇めぐり」ができるということで行ってみました。
お戒壇巡りとは、御本尊の真下にあるとされる「極楽の錠前」に触れさせてもらいにいくというもので、
そうすることで、仏様とつながり、極楽浄土に行くことができるのだそうです。
御本尊の近くに階段があって、そこを数段降りていくと、光が一切ない暗闇世界になりました。
そこでは、携帯を含むすべての光が禁止されているため、右手で壁を触りながら狭い通路を進んでいきます。
この通路が想定以上に長い・・・パートナーが前を歩いていたのですが、前に人がいるとのことでなんども立ち止まって全然進まないのです。
視界が完全に閉ざされた闇の中で、時折襲ってくる恐怖心と向き合いながら、すごく長い時間が過ぎたような気がします。
時折、ギギギーっと鍵の開くような音が聞こえてくるのもこわい。。。
また、途中で鉄みたいな冷たいものにふれたのですが、あれが錠前だったのかな・・・?
そして、やっと出口について前を見るとパートナーの前には誰もいなかった・・・・
パートナー曰く、前にずっと人がいて、その方のスピードに合わせて進んでいたというのですが、どうみても誰もいないのです。
しかも、パートナーには鍵の開く音は全然聞こえず、ずっと無音だったと・・・。
なんだったのでしょう?前にいたのは誰だったのでしょう・・・?
とても不思議な体験でした。。。